人間の幸せな行動は伝播する 日立製作所 理事 矢野和男さん
対談インタビュー

人間の幸せな行動は伝播する 日立製作所 理事 矢野和男さん

今回のリーダーズインタビューは、ウェアラブル加速度センサーから人の行動やHappinessに関する様々な法則を研究されており、『データの見えざる手』の著者である株式会社日立製作所 理事の矢野和男さんです!


株式会社日立製作所 理事 研究開発グループ 技師長
矢野 和男さん

山形県酒田市出身。早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。1991年から1992年まで、アリゾナ州立大にてナノデバイスに関する共同研究に従事。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ニューヨークタイムズなどに取り上げられ、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。さらに、2004年から先行してウエアラブル技術とビッグデータ収集・活用で世界を牽引。論文被引用件数は2,500件、特許出願350件を越える。

「ハーバードビジネスレビュー」誌に「Business Microscope(日本語名:ビジネス顕微鏡)」が「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介されるなど、世界的注目を集める。のべ100万日を超えるデータを使った企業業績向上の研究と心理学や人工知能からナノテクまでの専門性の広さと深さで知られる。特に、ウエアラブルによるハピネスや充実感の定量化に関する研究で先導的な役割を果たす。

博士(工学)。IEEE Fellow。電子情報通信学会、応用物理学会、日本物理学会、人工知能学会会員。日立返仁会監事。東京工業大学大学院情報理工学院特定教授。文科省情報科学技術委員。これまでに JST CREST 領域アドバイザー、IEEE Spectrum アドバイザリ・ボードメンバーなどを歴任。

1994 IEEE Paul Rappaport Award、1996 IEEE Lewis Winner Award、1998 IEEE Jack Raper Award、2007 Mind, Brain, and Education Erice Prize を受賞。2104年7月に上梓した著書「データの見えざる手:ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会」が、Book Vinegar 社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。テレビ「夢の扉」や「クローズアップ現代」に出演。


インタビュアー:今日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございます。矢野さんの著書『データの見えざる手』を拝読いたしました。ウェアラブル加速度センサーから人の動きを膨大なデータでとり、帰納的に人の行動やHappinessに関する様々な法則を発見されていることが衝撃的でした。Happinessを統計的に証明できる時代に入ったんだと。今までの時代「きれいごとでは食べられない時代」でしたが、むしろこれからは「きれいごとが必要な時代」に入ってきていると私たちも日々感じています。そもそも、矢野さんが“Happiness研究”に興味を持たれたきっかけは何だったんですか?

矢野:もともと“幸せ”、“幸福論”が好きだったんですよ。昔から「人間にとって最上位の価値ってなんだろう?」を問い続け、考え続けていました。そして、それが「Happiness=幸せ」であることに気づいたんです。それに気づいてから、将来、そういうことを探求することでで 飯を食べられたらいいな〜と思っていました。学生時代の向こう見ずな夢でした。

私は理系で会社に入ってからも技術一筋でしたので、当然ながら幸福とは関係ない仕事に20年従事していました。ところが、13年前、ビッグデータの研究を開始してから一気に私の学生時代の情熱が戻ってきました。ビッグデータを活用することで世の中に役立つことができないか?これは13年前に開始し、それ以来ずっと研究してきたことです。

ビッグデータがあっても、なにかしらの企業業績の直結する「結果」と結びつかないと、その存在は単なるコストで、投資の対象になるものにものではありません。データを価値にしていくためにはどうしたらよいのか?それを考えた時に“Happiness”に行き当たったのです。

ビッグデータを使って人間の行動を分析するのは本当に面白いんです。これまで定性的にしか理解できていなかった人間に関して、定量的にいろいろなことが見えてくる。人間の行動パターンには、その時のその人の“心理状態”が反映されていることがわかってきたんです。そして、人間の行動からHappinessを定量化するという発想に自然に行き着きました。これでデータを“世の中の役に立つ何らかの価値”に結びつけられると考えたんです。

人がハッピーであると→お金に繋がることが多い
人がハッピーであると→仕事の生産性が高い
人がハッピーであると→結婚の成功率も高い

データをさらに分析し、「一人一人のHappinessを高めるシステムを創る」ことが重要だと気づきました。従来、人の定性的な分析では、一律なベストプラクティスがあるという暗黙の前提を置いています。従って、一律のルールや制度で組織をよりよくできると考える訳です。しかし、組織も人間も一人一人違います。一律なルールに従えばうまくいうというのは前提から間違っています。AIを使ってビッグデータを解析すれば、組織毎、個人毎にそれぞれ改善策が出せる。

これでこそお客様にも納得いただけると思いました。しかし、ビジネスになるかはやってみるまで分かりませんでした。2015年に発表してみると、沢山の企業から反響をいただきました。ここ1年間で15社で導入していただいています。おかげさまで今では対応が間に合わない状態です。

実は、弊社社長から「もっと社内でも活用しなさい」と言われ、現在、日立グループの中でも600名の営業人材にこの仕組を導入しています。その人の行動データから導き出される「あなたが幸せになるための行動のアドバイス」が毎日スマホに届く仕組みです。活用先が拡がればコストも下がり、ますます活用先が拡がるというポジティブなサイクルを創り、世の中に広げていきたいと思っています。

どうしたらハッピーになれるかは千差万別。だからこそ、一人一人に幸せになるアドバイスを提供することに意味がある

インタビュアー:「AIを使ってHappinessを生み出すような仕組み創り」には、私も非常に興味があります。矢野さんの研究によってHappinessと業績とのデータによる裏付けが明確になったことで、企業もHappinessを主体的に取り組まざるを得ないですよね。いい社会ができそうです。私たちWork Happinessも活躍の場が広がります。

ただ、一方で、AIからのアドバイスを受け取る人間はどのような反応を示すのか?とても興味がありますね。

矢野:例えば、弊社で導入しているスマホでその人ごとに「あなたが幸せになるための行動のアドバイス」が届く仕組みのAIからのアドバイスの例を上げると、

「上司に会うには午後がいい」
「何時に出社するのがいい」
「今日の会議参加時間は30分がよい」
などです。

AIがアドバイスを出すというのは、即ち、過去にデータが語っていることです。AIはその語り部にすぎません。重要なことは「HappinessはUniversalな指標だ」ということですね。

しかし、どうしたらハッピーになれるかは千差万別。職場、環境によって一人ひとり幸せになる手段はひとりひとり違う。Happinessの計測は普遍的な指標でできますが、どうすればHappinessを高められるかは、一人一人個別であり、人の数だけあるということです。だからこそ、一人一人に幸せになるアドバイスを提供することに意味があると思っています。

「アドバイスを前向きに捉えて、ポジティブに捉えて実践しよう」という人がいる一方で、「なんだかわからないことを言ってくるな、そんなこと知らないぞ」という人もいます。より多くの人に納得いただけるような提示の仕方も研究しているところです。現在、日立グループの取組みでも、そのシステムへのログインの頻度が職場ごとで違ってきていることが見えています。実は、ログイン頻度にもアドバイスへの積極性も反映されていると思います。これまで既に、計測結果から導いたマネジメントへのレポートは顧客に提供しています。現在も多数の組織において毎日データが蓄積されています。さらにいろいろな事例から、これからも組織の新しい知見を見つけていこうと思っています。

人間の行動が相互作用の関係によって創出されているのであれば、人間の幸せな行動も相互作用によって伝播していく

インタビュアー:職場を良くするために必要なのは「◯◯である」ということが、「なんとなくそう思う」ではなく、データによって、しかもHappinessの指標に裏付けされて出てくることに大きな意味がありますよね。人間の常識や既成概念にハマっている部分を壊していく力があると感じました。?  

ちなみに私は、著書にもあった「幸せは伝播する」という矢野さんの思想に共感しますが、矢野さんの思想の発祥はどこなのですか?

矢野:私は理系なのでもともとは物理学、理論物理、統計物理がベースになっています。物理学では「観測される現象は、対象の周囲からの相互作用によって決まっている」と考えられています。この100年で物質の性質については、「分子・原子のさまざまの相互作用」から説明されてきました。

この分子・原子を人間に置き換えた時、同様に、私は「人間の相互作用」によって、組織の性質も定量的に科学的に解明できると考えています。

人間の行動は一見、人間の「内」から出てきているようで、実は周囲からの影響や外との相互関係によって生み出されているということです。人間の行動が相互作用の関係によって創出されているのであれば、人間の幸せな行動も相互作用によって起こる。つまり伝播していくということです。

インタビュアー:将来的には幸せの指標が社会インフラになったらいいですよね。確実に価値が広がる可能性を感じます。そして、世の中がもっと面白くなる。

矢野:技術的には現段階でも可能だと思います。あとは、どういうタイミングでどういう形態で提供し、どうやってお金が回っていくようにすればいいのかを考えなくてはいけませんが。

インタビュアー:しかし、Happinessや生産性などを定量化できるようになったからこそ実現できることに本当に広がりを感じますね。そもそも、かなり個別で膨大な人間のデータを測る事ができているのは、矢野さんが加速度センサーを活用されたからですよね。そのお話、少しお伺いできませんか?

矢野:加速度センサーは、もともとは車のエアバックを開くために使われるデバイスでした。いまではいろいろな物に使われていますが、2003年当時に人の行動を継続的に図れるセンサーとしてコスト面も含め最適だったのが、加速度センサーだったのです。

これは面白そうだと思い、実際に人間の行動を図ってみたら、案の定かなり面白いデータがとれました。

2006年、そのころWeb2.0と言われ始めた年でした。会社の中でブログの仕組みが流行っていた時代で、「面白そうな情報があるならブログに書けば」といわれ、加速度センサーのデータ結果をブログに載せました。そのブログは、多くの方から反響をもらい、いい気になってそのうち、皆さんが注目するポイントがどこかを探すようになりました。

そして、そのブログで書いていたことをまとめて学会で発表することになり、その評判がとてもよかったんです。文章を書く力は、実はブログを書くことで鍛えられました。そして、本を出すまでに至りました。これを話すのは初めてかもしれません。加速度センサーもそうですが、いろいろやってみて、うまくいったことを追求し続けて、そこから更に見えたことを追求し続けることで、結果に繋がっていったということです。

インタビュアー:矢野さんは本当に柔軟な方なんですよね。“たまたま”を繋いで結果にしてしまうのは才能ですね。

矢野:私の行動は周囲との相互作用の関係によって創りだされていますからね

興味を持って動いているといつの間にか仕事になる

インタビュアー:その相互作用を起こす関係性を引き寄せてしまうところが素晴らしいですね。ちなみに、矢野さんがこれからやりたいことは何ですか?

矢野:いっぱいありますよ。私たちのAIも日々進化しており、ユーザー企業様からの活用事例発表も増えてきていますが、これから先の人類の幸せに貢献できるソリューションにもっともっと成長させていきたいですね。そのためにも今のサービスを世の中に広めていきたいです。

そして、実は、私は「美」に興味があります。 人の所作、科学の法則の美しさなど、美はあらゆるものにある価値です。幸せとの間にも関係が見られると感じています。美は幸せと同様に最上位の価値の一つだと思います。美は一見、主観的、多様な意味をもっているようであって本当は、美という普遍的な1つの概念で、そこに至る道がいっぱいあるだけなのではないか、と思います。

美を感じる審美眼を解明することができれば、美を客観的に測れる。そうすれば、美をより自由に表現できるのではないかと思うんですよね。さらにコンピューターと合わせることで、さらに様々な表現ができる、表現方法が広がってくると思うのです。というように、興味を持って動いているとHappinessと同じように、いつの間にか仕事になる。自然にいろいろと進むんですよね。

インタビュアー:矢野さんが「美」を客観的に測る仕組みを作ってしまう日も近いかもしれませんね。矢野さんのやりたいことにも通ずるかもしれませんが、矢野さんはこれからの世の中をどのような世界にしていきたいですか?

矢野:いろいろありますが、人類のHappinessを増やすのが私の大きなモチベーションなので、まずはトータルの経済的Happinessを適切に分配し、全体の底上げをする活動を継続的にやっていきたいと思っています。特定の人だけが幸せで、多くの不幸な人がいることは違うと私は考えています。だからといって、突然、平等にするのも違うと思うのです。適切な分配を意識していくことが大切だと思っています。

そのためにはHappinessを定量化することが必須です。エビデンスベースで科学的にディシジョンができることが大切。そうでなければ、好き嫌いの属人的な判断で、行ったり来たりで全く進歩していかないですからね。エビデンスベースの科学的ディシジョンを可能にすることで、正しい分配が見えてくると思います。格差社会でも完全平等でもなく、Happinessを最大化するために、経済的Happinessを適切に分配する。まずはこれを追求していきたいと思います。

「さらなる未知の世界に飛び込んでいく!」という意識が大切

インタビュアー:矢野さん、今日は興味深いお話しの数々、本当にありがとうございました。最後に、次代のリーダーたちへのメッセージをお願いします。

矢野:自分は日立製作所で33年目です。以前は、半導体の仕事をしていましたが、日立が撤退したことを機に自分が20年やってきたことがリセットされました。とても残念でした。その時、それまでの人脈、地位、評判を手放すことに痛みを伴ったのは事実です。

でも、後から考えると私にとっても企業にとっても最良の判断だった。人間は「変化しないことがいいことだ」と思い込みがちです。変化してみて、うまくいってみて初めて「変化することはいいことだ」ということに気づきます。ただ、同じ環境にずっといるとそれはわからないことなのです。これからの時代、事業寿命が就業寿命もよりも短くなってきますよね。そういう時代だからこそ、今やっていることと心中するのではなく、「周りの状況をみて、もっと高い視点からいろんなことに興味をもって取り組んでみる」ことが大切だと私は考えています。

世の中が変わるのを止めることはできません。あらゆる人に平等に変化は降りかかります。シェルターにこもって自分だけ逃げてやろうってことは無理でしょう。万が一、その時に変化の波を受けなかったとしても、ためた分だけ、後から大きな変化にさらされるだけだと思います。そして、そういう変化の時代だからこそ、「うまくいっている」と思う瞬間はすでに「うまくいかない、だめになっていく」第一歩だと思うことが大切な感覚です。そこには慢心の罠があり、慢心した瞬間に終わってしまっていることを意味します。

つまり、お伝えしたいのは、「変化に強くなることをストイックに考える」ことがこれからの時代とても大切だということです。そういう時代の中で、AIやデータを活用し、変化に適用することを支援するツールを開発し、それを活用して「さらなる未知の世界に飛び込んでいく!」という意識が大切だと私は思っています。

インタビュアー:心に響くメッセージありがとうございました! ちなみにですが、矢野さんのHappinessとは?

矢野:美味しい食事を、いろいろな方々とご一緒に楽しんでいる時ですかね。そうデータも教えてくれています。現にそこから新たな人がつながり、ビジネスがつながり、いろいろ創造されていくことを実体験していますから。私の行動は周囲との相互作用の関係によって創りだされていますからね。

インタビュアー:まさにご自身がHappinessの体現者でいらっしゃいますね。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました!


株式会社ワークハピネスは人材育成研修・組織開発コンサルティングを通して
人と企業の「変わりたい」を支援し、変化に強い企業文化をつくる支援をしています。 
新入社員〜管理職・役員研修のほか、全社向けチームビルディングまで
貴社の職場課題に合わせたカスタマイズ対応が可能です。

ウェブサイトにはこれまでに弊社が支援させていただいた研修および
組織コンサルティングの事例を掲載しております。ぜひご参考ください。

この記事を書いた人この記事を書いた人

ワークハピネス

株式会社ワークハピネス

「世界中の組織をワークハピネスあふれるチームに変える」をミッションに、人材開発、組織開発、事業創造支援を主に行うコンサルティングファーム。人の意識を変え、行動を変え、組織を変えることに強みを持つ。

人材・組織開発に携わる方必見!サービス資料や、お役立ち資料をダウンロードはこちら
ONLINE セミナーダイジェスト 人気のセミナーを3分程度の無料動画にまとめダイジェスト版をご用意致しました。セミナー受講の参考に、ぜひご覧ください。SEE ALL DIGEST MOVIE

INDEX

サービス資料・お役立ち情報満載!

資料ダウンロード

まずはお気軽にご相談ください!

フォームから問い合わせる