人と人とが1%でも分かり合えたら、それだけで奇跡的なこと 光明寺僧侶 松本紹圭さん
対談インタビュー

人と人とが1%でも分かり合えたら、それだけで奇跡的なこと 光明寺僧侶 松本紹圭さん

東京神谷町光明寺僧侶/一般社団法人お寺の未来理事・未来の住職塾塾長/武蔵野大学客員准教授松本 紹圭さん

1979年北海道生まれ。本名、圭介。一般社団法人お寺の未来理事・未来の住職塾塾長。東京神谷町・光明寺僧侶。武蔵野大学客員准教授。東京大学文学部哲学科卒。仏教ウェブマガジン『彼岸寺』(higan.net)や、お寺カフェ『神谷町オープンテラス』を企画。2010年、ロータリー財団国際親善奨学生としてインド商科大学院(ISB)でMBA取得。2012年、住職向けのお寺経営塾「未来の住職塾」を開講、250名を超える意識の高い若手僧侶が「お寺から日本を元気にする」志のもとに各宗派から集い、学びを深めている。2013年、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leaderに選出される。著書多数。近著に『お寺の教科書-未来の住職塾が開く、これからのお寺の100年-』(徳間書店)。


今回のリーダーズインタビューは、浄土真宗本願寺派 光明寺僧侶 松本紹圭さんです! 僧侶でありながら、2010年にMBAを取得され、2012年に「お寺から日本を元気にする」という志のもと、若手住職向けにお寺の経営を指南する「未来の住職塾」を開講。2013年には、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leaderに選出され、米日財団リーダーシッププログラムフェローでもある松本さんが考えるダイバーシティについて語っていただきました!

インタビュアー:今日はダイバーシティやイノベーション含め、これからの世の中についてお話いただければと思います。
早速ですが、最近、あり方を問う研修やマインドフルネス系の研修が企業研修でも徐々に増えてきているんですよね。なにか今までの“枠”から外れる必要性を感じている人が増えてきている感覚を受けるのですが、松本さんは何かお感じになることはありますか?

松本:その“枠”ってどういう意味合いですか?

インタビュアー:社会的なシステムの枠です。 資本主義、金融資本主義、お金を稼がなければならない、そのために競争が必要だ・・というあたかも“世の中の前提”となっているような価値観です。これは人間の成長の過程でできてしまう既成概念とも言えるかもしれませんね。

松本:私たちは子供から大人へと成長する過程で、知らず知らずのうちにシステムを刷り込まれ、陳腐な枠に囚われてしまいますよね。そういうシステムって、本当は幻想なんですけどね。

インタビュアー:そうなんですよね、教育がそういう幻想を創りあげてしまっている部分も大きいですよね。そういえば、松本さんはMBAを取られていますが、その過程でどんなことを考えましたか?

松本:親しくさせていただいているライフネット社長の岩瀬大輔さんが、「ビジネススクール(MBA)は資本主義の士官学校だ」であると仰っていました。確かにそうだと思います。

でも、士官学校といえばかっこいいですが、それはつまり裏返して言うと、資本主義の“番犬”を育てる学校で、“犬”を作る学校ではないかと。(※MBAホルダーや犬の存在を否定しているわけではありませんのでご容赦ください)

才能とやる気にあふれ、本当は世界を変えられる可能性のある人達が、卒業する頃にはシステムを守る側に回ってしまう。不思議とみんなそう変化してしまうんですよね。

私はインドのビジネススクールに留学しました。入学するときは「貧しい人達のために雇用を生み出したい」「社会課題を解決するため起業したい」というとても高い志で入学する方が多いのです。
でも、卒業する頃は何故か多くの人が「学費の返済のため」などの理由で、投資銀行に就職を決めてしまっている・・。志の高い人達がシステムに巻き込まれていく様を見た気がしました。

あ、自分はこういう世界にいるんだな。こういう世界に生きているんだな。既存のシステムを打ち破って新たな価値を創造する可能性のある人たちが、自分でも気づかないうちにシステムを守り運用する側に回ってしまう世界なんだということに気づきました。

世の中の様々なことが「所有」概念と結びついています。お金に象徴される「所有」という共同幻想がこの世界を支配していると感じます。誰しも、手放すことが怖いんですね。だから、より多くのものに自分のラベルを貼って、自分の領域を拡大しようと努力しています。その意味で、この世界に影の支配者がいるとしたら、自分自身に他なりません。自分の中にあるエゴが作り出す恐怖心に、多くの人が支配されています。

土地の所有など、分かりやすいですね。とある森が誰のものであろうとも、森の木々やそこに住む生き物たちには何の関係もありません。森の所有権がAさんからBさんに移ったところで、それそのものは何も変わらない。
ただ人間だけが、得をしたとか損をしたとか、一喜一憂するばかりです。不思議ですよね。
目に入るあらゆるものに、誰かの所有のラベルがついているんです。あらゆる生物の中でも、人間の目にだけ見えるラベルが。

実際には世界はもっとシンプルなはずです。人間はそこに「所有」のルールを持ち込んで、どれだけ自分の持分をふやすか?というゲームを知らぬ間にプレイしてしまう。

インタビュアー:おっしゃるとおりですね。しかも、それがゲームとして認識していればよいのですが、それがリアルだと思い込んでしまっている。

松本:そうですね。「家族を食べさせなければならない」というのも幻想で、あえていうなら私たちは地球に食べさせてもらっているわけです。でも、このゲームにのめり込んでしまうと、勘違いしてしまいます。

人間が人間として生きる意味を問うことが求められる今、 お寺が担う役割とは?

インタビュアー:地球に食べさせてもらっている・・・。その通りですね。松本さんはいつからそのように考えられていたんですか?そして、なぜお坊さんになられたんですか?

松本:お寺が好きだったからです。真面目な話、大学を卒業する時にいろんなことを考えました。その中で、「これから自分が関わる意味のあるものは何か?」と考えた時に、実はあんまり見当たらなくて・・。でも、まさに生きる意味を問う道としての仏教に興味を持ち、お坊さんになることを決めました。

インタビュアー:自分が関わる意味を持てるものですか、なるほど。世の中でテーマになっているイノベーションですが、その本質ってうわべではなく、先ほどおっしゃられていた「所有」欲を刺激するだけのものでもなく、本当の意味で人の人生を豊かにする何かを作ることがイノベーションだと思うんですよね。それはつまり、本当に意味のあるものか?本物かって話ですよね。人間がいろいろなものを見て、俯瞰できた時に、初めてこれが見極められるのかもしれませんね。

松本:資本主義のあり方も変わっていくし、世の中のあらゆるものの価値に比べて、相対的にお金の価値もこれからはどんどん下がっていくと思います。

そうなると、少しずつ世の中は変わってくる気がしています。“本当に意味あるもの、大事なもの”に目を向け始めるのではないでしょうか。

面白いことに、資本主義的なシステムが完成に近づくほど、そのカラクリ自体が際立ってくる。皮肉なことに、完成に近づいてくるようで崩壊に近づいてくるんです。まさに、今、そういう状態なのではないかと感じています。

洗濯機、自動車など、今までのテクノロジーは「人間の生活を豊かにするためのテクノロジー」でしたが、これからは「人間のあり方を変えるテクノロジー」にまで進化してきてしまっています。しかもとても速いスピードで・・・。

そうなると、「そもそも人間とはなんだろう? 何をもって人間と言えるんだろう?」という話になりますよね。

歴史上、産業革命など、人間のあり方や考え方が大きく変わるタイミングがありますが、今、まさにそれが来ているのではないかと感じています。
今まで人間は“外”に目が向いていた。それが“内”に向きつつある。

インタビュアー:少し前に流行った「国家の品格」という本の中で藤原さんが書かれていましたが、合理の追求の先には崩壊しかないと、もう一度、真・善・美を求める思いを呼び起こすことが重要だと。まさにそういう時代に入ってきていますよね。

松本:天災、人災、大きなリスクをたくさん抱えた現代、「自分がお坊さんをやる意味って何だろう?」と最近よく考えます。少し前までは「お寺をしっかりと後の世代につなぐ」ことが、自分がやれることなのではないかと思っていました。

でもよく考えると、日本はお寺に限らず、老舗大国です。
ある調査によれば、世界中の企業のうち200年を超える企業の半数以上を、日本の企業が占めています。これはすごい数です。
さらにお寺や神社などの宗教法人も含めれば、とんでもないことになります。つまり、人間の営みの継続性そのものが、日本の大きな価値なんです。

日本のお寺は、ずっと昔から、国がどんなに“ぐちゃぐちゃ”になった時にも、ずっと継続してそこにある、存在し続けてきているのです。

そういう眼差しで世の中をみると、もしも、天災や人災によって世の中のシステムが崩壊したとしたら?
「再起動するための担い手」にお寺がなれるのではないか?
「ベースキャンプ」になっていくのではないか? 
と考えるようになりました。

物理的に避難所になるのもそうですが、“精神性”の中軸としての役割が重要です。みんなが一つになれる、寄り添える、精神的な核になる場。

インタビュアー:日本でのお寺の存在は確かに歴史的に大きかったですよね。

松本:現代社会は、教育や医療など、一般市民がたくさんのことをアウトソースして暮らしています。本来、自分で考えなければならない大事なことさえ、他人の考えに相乗りしていることも少なくない。そして、行政や法人など、頼りにしている組織に対する無意識の信頼感もすごい。それまでその信仰が強かっただけに、一度システムがクラッシュしてしまうと、どうしたらよいかわからなくなる人が続出すると思うのです。

今までも、そしてこれからもそうなのですが、 「人が人として生き残る」ために、現在起こっている危機から人を救うことが、歴史の長いお寺の重要な役割なのではないかと思っています。

インタビュアー:物質主義の限界が来ていて、それを脱却しようとしているのが現在の状態ですよね。本当は精神世界のほうがずっと広くて、そういうことに気づく人は増えてきています。でも企業活動においては、システム信仰が根強く存在しています。おっしゃるように、これからの時代、まさに人として「生きる」ということを考える場所としてお寺の存在がとても重要になってくると感じますね。

松本:そうなんですよね。日本人は宗教とはなにか?について深く学び、考える機会をほとんど持ちません。宗教というと、単純に「何かを信じること」と捉えられがちです。

仏教が目指すものはなにか?
世の中的に言うと、悟り、解脱ですが、やわらかくいうと“目覚め”です。今信じているシステムを捨てて、次に入れ替える新しいシステムとして仏教があるのではなくて、人が無意識のうちになんとなく信じてしまっている、まさに「宗教」とも言えるべきものについて、本当にそうなのか?と問い、気づくために仏教がある。本来、仏教は解き放つものであり、人を自由にするものです。

もし、別のものでそれが実現できるのであれば、仏教でなくてもいいです。自分にあったものが見つかるといいですね。個人的には、理論と実践が揃っている点で、仏教はとても優れた方法・実践体系だと思います。

さて、先ほどの“所有“ということの話に戻ると・・みんな不安を抱えている。皆自分を失うのが怖いと思っている。自分を失うのが怖いから、できるだけ多くの物事に自分の名札を貼りつけようとする。そして、それに執着する。

しかしそれは、不安感の解消のようであって、よけいに不安感を増大させてしまいます。なぜならば、持てば持つほど、手放すのが怖くなるから。

そんな状態に陥っている人に、仏教は「ほんの少し勇気を出して、手放しちゃいなよ」と言ってくれる。あるいはこんな言い方をしてくれるかもしれない。
「何の心配も要らないよ。手放すも手放さないも、本当のところ、初めから何も持ってなんかいないんだから」

インタビュアー:「手放しちゃいなよ!」いいノリですね!そもそも所有すら幻想である・・。それに気づくために確かに仏教の存在はとても大事ですね。お寺で現在、そのような活動って行われているんですか?

松本:う〜ん、どうでしょう。少なくとも日本社会が比較的安定していたこれまでは、時代の求めとしてご先祖供養が中心で、お寺は“目覚め”や“気づき“を促す場としてはあまり機能してこなかったかもしれませんね。

高度経済成長期から、「ヒトかモノか?そりゃモノでしょ!」という時代が続いてきました。この時代に目に見えるわかりやすい豊かさや、刹那的な幸福感は、増大してきましたよね。こういう時代には、“目覚め”や“気づき”といった仏教の根本的なメッセージは、あまり求められていなかったのではないでしょうか。皆、それなりの幸せに満足していれば、目覚める必要がない。夢から覚める必要がない。
「この夢、いい夢じゃん!」で終わりです。

ほとんどの人が、今生きている物語、ストーリーを良しとしている。そんな時代には、先祖代々の「家(いえ)」というストーリーを紡ぐ装置としての供養やお墓があり、お寺はそれを支え続けてきました。

しかし中には「これでいいのか?私は本当にこんな夢を見させられているばかりでいいのだろうか?」と気づき始めている人たちがいます。
そして、時代が変わり、そういう人たちが増えている。そのように気づきはじめた人たちに、世界観、人間観を提供することが仏教に今求められています。

お寺も随分長い間、ご先祖供養にかなりの比重を置いてやってきているので、今度は当のお坊さん自身が、今あらためて求められている本来の役割に、対応していかなければなりません。

私の考えとしては、その担い手はお坊さんだけではないし、これからはお坊さんでない人たちの活躍も広がっていくと思っています。

インタビュアー:なるほど。今の話に関連すると思うのですが、仏教とリーダーシップについて松本さんが語られていらっしゃいましたよね?まさに、これからの世の中を牽引するリーダー立ちは“目覚め”を世の中にもたらす存在なのかもしれませんね。

人と人とが1%でも分かり合えたら、それだけで奇跡的なこと

インタビュアー:ところで松本さんは、ダイバーシティ、多様性についてどう思われますか?

松本:最近は多様性がずいぶん強調されるようになりましたが、人はもともと多様です。人はそれぞれ違う。誰も他の人になれないし、自分の人生は誰にも変わってもらえない。自分とまったく同じ人など存在しないし、人と人とが100%分かり合えるなんていうことはありえない。

むしろ、1%でも分かり合えたら、それだけで奇跡的なこと。そういう世界を私たちは生きています。でも、放っておくと、人を多様でなく同質的なものとして見てしまうのも、人間の性ですね。枠の外と内を作って、内を同質、外を異質と見てしまう。これは人間が“言語”を持っているが故の性とも言えます。

厳しい言葉で言えば、本来は『絶望的』に一人ひとりが違う。絶対に変われないし、絶対に分かり合えない。
ある人が「絶対に分かり合えないという絶望だけは、共有できる。そこに希望が生まれる」と言っていましたが、本当にそうだと思います。

でも、何か勝手にパターン化して、同じものだとしてしまう。そういう意味で人間は暴力的な生き物です。だから、違いを排除しようとするんですよね。

MBAなどで、differentiation=差異化、差別化が大事と言われますが、今多くの人が自分の個性や特徴を出すことに悩んだりしていますね。
でも実は、人間はもともと誰一人として同じ人などいないはずなのに、それを暴力的に同質化して捉えるシステムに嵌め込まれ、その枠の中でもがいているに過ぎません。就職で悩んでいたり、キャリアで悩んだりする学生さんから相談を受けることがあります。

子どもの時から常に目の前に人参をぶら下げられて、システムが提供するレールに乗ればご褒美が与えられ、そうでなければ罰を与えられるという教育を受けてきました。
「あなたは今のままではいけない、何者かにならなければいけない」という思いが刷り込まれて、常に何かが満たされない、足りないという感覚を常に持っている。
本来、私は私でしかないし、私以外のものにはなれないのに、常に「私は私でないものになりたい!」と切望し続けているわけです。そんな際限のない不満足のうちに、多くの人が人生を終えていきます。

昔、私の仏教の先生が、研修を卒業するとき、扇子に文字を書いてくれました。書かれていたのは一言、 「これでいいのだ」でしたが、そういうことなんだと思います。本当は無条件に、あなたはそのまま、ありのままでいいんです。何にもなる必要なんてない。

それなのに、みんな何者かになろうとしてしまうんですね。そして自分の名札をできるだけ多くのものに、必死で貼ろうとする。また、名札自体の価値を高めようと思って、財産やら学歴やら業績やらを積み重ねて、せっせと名前にデコレーションしようとする。そういうゲームがこの世界を牛耳っています。気づいたら自分もしっかりはまっていたりしますが・・。

でも、ゲームにはまるにせよはまらないにせよ、自覚的であるか無自覚的であるかって、本当にとても大きいと思います。「あ!またやってしまっている!」って自分で思えるかどうか。それがとても大切だと思うんです。

これからのリーダーはビジネスの枠そのものへの批判的な目線を持つことが求められる

インタビュアー:自覚してゲームを楽しんでしまうくらいでいいんですよね。ゲームのルールを変えていくことすら楽しんでしまう。無自覚的でやっている人たちはその窮屈な世界を促進しますよね。その中でさらなるヒエラルキーをつくっていく。その世界の中で自分と周囲をがんじがらめにして・・・勿体無い。

次代を創るリーダーたちは、その自覚を持っていくことが必須のように思いますが、松本さんから共に次代を創り上げていくリーダーたちに対してメッセージをお願いできますか?

松本:これからの時代、人間のあり方もものすごく変わって、働き方も変わり、生き方も変わってくる。社会のシステムも変わるでしょう。次世代のリーダーは新しい枠組みの中で自覚的に活動しながら、それを超えた視点を持っていることが重要だと思います。

起業家ならば、ビジネスの枠を前提としなければ活動できませんが、とはいえ、その枠を無批判に受け入れるのではなく、枠そのものへの批判的な目線を持つことが求められます。未来の人類、地球に対しての責任を持つリーダーが、これからの企業の求心力となるでしょう。

インタビュアー:最後に、私たちへの応援メッセージをいただけますでしょうか。

松本:ワークハピネスさんのワークは、“食うために働く”ワークじゃないですよね。むしろ生きることそのものを扱っていらっしゃるんだと思います。

あるビジネスマンが問いかけました。
「どんなにきれいごとを言っても、人間は食わなければ死んでしまうし、企業も利益を出さなければ存続できないじゃないですか」
それに対して、ダライ・ラマ法王は、こんなふうに答えたといいます。
「確かに、人間は食べなければ死んでしまうし、企業も利益を出さなければ存続できない。しかし、だからといって、人間は食べるために生まれてきたんでしょうか?企業も同じではないですか?」

今こそ、“人が本当の意味で幸せに生きるためのワークとは?”をとことん探求し続けていって欲しいと期待しています!共に進んでいきましょう!

インタビュアー:はい。共に進んで行きましょう!貴重なお話ありがとうございました!


株式会社ワークハピネスは人材育成研修・組織開発コンサルティングを通して
人と企業の「変わりたい」を支援し、変化に強い企業文化をつくる支援をしています。 
新入社員〜管理職・役員研修のほか、全社向けチームビルディングまで
貴社の職場課題に合わせたカスタマイズ対応が可能です。

ウェブサイトにはこれまでに弊社が支援させていただいた研修および
組織コンサルティングの事例を掲載しております。ぜひご参考ください。

この記事を書いた人この記事を書いた人

ワークハピネス

株式会社ワークハピネス

「世界中の組織をワークハピネスあふれるチームに変える」をミッションに、人材開発、組織開発、事業創造支援を主に行うコンサルティングファーム。人の意識を変え、行動を変え、組織を変えることに強みを持つ。

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