新聞印刷業界の淘汰が確実視される中で、「社員自らが主体的に行動し、チャレンジする組織風土に変えていきたい」と相談しました。最初に、全体最適やセルフリーダーシップの重要性と具体的な行動を社内全体に浸透させるための研修を行いました。時間をかけて進めた結果、一人ひとりが未来への危機感をもって、自らリーダーシップを発揮して全体最適を図るという段階にある程度到達したと感じています。
- 課題
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- 新聞印刷業界の淘汰が予想される中、挑戦する社員が必要
- 分社・統廃合の影響により各社の考えや意識がバラバラ
- 社員自らが主体的に行動し、チャレンジする組織風土に変えていきたい
- 実施策
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- 全体最適・セルフリーダーシップの重要性について、全国の各社に展開
- 経営層も人材育成の対象に、全社的な意識変革へ
- 定期的なアセスメントで変化を確認
- 徹底した現場視点と性善説に基づいた施策の実施
- 効果
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- 社員一人ひとりが危機感を持ち、自らリーダーシップを発揮して行動し始めた
- メンバー自らが組織の階層をなくし、変革の提案をし、周囲を巻き込んでいった
組織変革のポイント
- 現場主導の変革を、社長の全面的な支援により実現
- 組織変革のマンネリを、社員自らで仕切り直した
- 管理職が既得権益を放棄し、変革の見本を示した
組織変革への軌跡
分社・統廃合は決して楽な道のりではなかった。分社化された各社の成り立ちの違いによる規則や考え方の相違、経営環境の悪化、さらに、親会社からの出向社員と正社員との帰属意識の差など問題が山積していたのだ。自分たちの会社の未来は、自分たちで描かなければならない。変化への意識改革に向けて手を打っていく必要があった。
2006年10月、WorkHappinessの電話が鳴った。研修制度検討チームの担当者からの相談だった。それは、新聞印刷業界の淘汰が確実視される中で、社員自らが主体的に行動し、チャレンジする組織風土に変えていきたいというものだった。
組織変革のために集められたのは、なんと素人集団!
同社の財産は「人」。人材を「人財」として捉え、育てていかなければ、会社の未来はないとする考えのもと、社長直轄のプロジェクトとして、少人数の精鋭が集められ、人材育成を主眼とした、“研修制度検討チーム”が結成された。しかし、彼らは印刷業務に従事するいわゆる現場の人間であり、教育に関する知識などない。まさしく素人集団によるゼロからのスタートだった。
それでも彼らは、まず各階層で必要とされるスキルの洗い出しから着手し、階層別の「スキルマップ」を完成させた。各種研修を構築する際には、その「スキルマップ」を基に、WorkHappinessのコンサルタントと共に自らの手で階層別研修のプログラム構築に邁進した。そして、ワークショップを開催し、自社のミッション・ビジョン・バリューを紡ぎだした。
研修制度検討チームは、「全体最適」や「一人ひとりが発揮するセルフリーダーシップ」の重要性と具体的行動を社内全体に浸透させるための研修を、会社の全国統合に合わせて全社に展開した。そして、人材育成の対象を経営層までも広げ、まさに会社全体の意識改革に乗り出した。
2009年から全国統合に向け、東京では「全社一枚岩化プロジェクト」を推し進めた。組織の一体感を目指し、会社理念・戦略・目標を統合後の朝日プリンテック全体のものに置き換え、1社統一のための足固めを進めた。研修は、回を重ねるごとにブラッシュアップを行い、「One Team One Dream」を合言葉に、東京・大阪・九州の3社合同の研修を繰り返した。これまでに、社員のほぼ全員が、リーダーシップ強化研修「ZIPANGU」もしくは、仕事力強化研修「グランドナビゲーション」を組み込んだ研修プログラムを受講している。
このチームに特徴的だったことは、彼らはWorkHappinessに一任することなく、常に研修を一緒に作り上げたこと、そして、研修受講者を「顧客」として見ていた。例えば、2日間の研修中、自社を「自分たちの会社」にするために、新聞印刷のコスト構造などの経営情報を公開して、経営の透明性を高める講座を盛り込んだ。そして、社長自ら会社の現状と社員への期待を直接語りかけた。
「研修における満足度」を常に求め、「顧客目線」と「一緒に作り上げる…」という彼らの姿勢は徹底しており、すべての研修に研修制度検討チームメンバーと経営陣がオブザーブするほどの熱の入れようだ。また、彼らは職人気質が強い生産現場において一人ひとりの主体性を引き出すため、コーチングをマネジメント研修に取り込んだ。彼らは、常にプログラムの細部にわたって、自社・受講者に適したカスタマイズをWorkHappinessに要求した。
自ら役職を下りて覚悟を示す!
研修制度検討チームのメンバーの覚悟を感じさせるエピソードがある。職場の効率化を目指し、ムダな壁になっている組織の階層をなくすために、メンバー自らが、職場の役職を下りて組織構造改革を提案し、周囲を巻き込んでいった。まさに率先垂範のリーダーシップである。この聖域なきリーダーシップの発揮が、朝日プリンテックという会社の底力を示している。また、同社は毎年全社的に従業員の意識調査(「ワークハピネスサーベイ」)を実施し、組織や従業員の状態を定点観測しながら、各工場でアクションプランを立案・実践している。
このようにして時間をかけて一歩ずつ変革を進めてきた結果、一人ひとりが未来への危機感を感じつつ、自らリーダーシップを発揮して全体最適を図るという段階に、ある程度到達したと言えるだろう。
〜 現場主導による組織変革成功4つのポイント 〜
変革に成功したポイントについて、当時の研修制度検討チームのメンバーは以下のように語っている。
① 危機感の共有とビジョンに共感すること
研修導入以前の同社は、教育部門すらなく、教育研修に詳しい人は誰もいませんでした。社長の「変わらなければ!」という強烈な危機感を共有できた人たちが、このプロジェクトの初期メンバーとなりました。ただし、「危機感」と言ってもそれは社内的な一般論にとどまっていました。
それを「本当の危機感」にするきっかけが、WorkHappinessとの出会いであったように思います。弊社の取締役が疑いもなく堂々と述べる「経営理念は…」に対して、「それは理念ではありません…」と一撃を下した吉村氏(ワークハピネス代表取締役会長)の言葉が、今思えばすべてを変えるスタートラインだったのではと思います。
そのようにして経営陣と共有できた本当の危機感と理念に基づいた道しるべが「理想」と「現状」のギャップを明確にし、そこに課題を浮かび上がらせ、使命感を生み出しました。彼らの情熱は徐々に社内へ伝播し、社内の意識も少しずつ変革が起こりました。
② 変革の想いを消さないこと
研修制度検討チーム発足時は、社内での知名度も低く、研修の重要性も認知されていませんでした。しかし、「誰もが社内教育の素人だ。でも自分たちの会社を良くするためにやるしかない」という想いがメンバー1人ひとりの背中を押し続け、彼らの挑戦心をかきたてました。
次から次へと降りかかる困難にもくじけず、愚直に諦めずに「組織の成長」に熱中して取り組む姿は、意識せずとも当時から「チェンジエージェント」だったのかもしれません。
専従体制をとらず現場業務との兼任は激務でしたが、常に「現場がどう受け止めるか?」のリアリティーを持てたことや、なによりも研修前後の変化を職場の間近で感じ取れたことは大きな収穫でした。
発足時のモチベーションの源泉は「危機感」でしたが、研修受講者の変化や感謝の言葉を得るにつれて成果を実感し、その成果が「会社が変化していく」「変化させることが自分にもできる」と思った時、これは強烈な動機とモチベーションになりました。
③ 変革への加速には成功体験をつくること
部下に裁量権を与えた途端、思わぬ秘策や考えが出てきたことがあります。「こんな部下だったっけ?」と思わせる言動が数々思い浮かびます。私たちは当初から研修の成果をノルマ化せずに、受講生はきっと気付きを得て行動してくれる、という性善説のスタンスをかたくなに取り続けました。その結果、お互いの役割や責任を自覚し、信頼関係が構築できれば、信じられないほどの実力を発揮する組織がそこにあることを実感しました。
多くの成果を実感しつつ、後から「これが結果の最大化ということか」と気付いたとき、はじめて研修の成果を業務で実感するのだと思います。そしてその体感が次の難題解決に必ず生かされ、可能性と自信を視野に入れることができれば、「ピンチこそチャンス」の風土が生まれるのだと思います。
④ 心強いサポートを味方につけること
数々の挑戦を乗り越えるにあたり支えになったこと。それは「社長が一番の同志である」ということです。社長とは立場を超え、腹を割った本音の議論がたびたびありました。
例えば、社長自らが作成した講義資料に対して、研修チームから構成や表現に遠慮のない指摘をし、社長がその修正を受け入れたことがあります。指摘する方も指摘される方も、双方が自らの変化を自覚して感じ取った瞬間です。 変わることを拒む人が多い環境下で、それを実現するには、周りを巻き込み同志を増やすことが重要だと感じたエピソードです。
今後の組織変革
同社の統廃合さなかの2011年に就任した伊中義明社長は、人材育成について更なる危機感を抱いていた。その頃、朝日新聞社の経営は過去にない厳しい状況に陥り、同社は更なる新聞製作コストの削減を求められていた。企業としてその要請に対応する必要性も感じながら、一方でこれまでの意識改革によってもたらされた社員のモチベーションを危惧していた。
2012年に3工場を閉鎖し、統廃合が一段落したことから、新たな経営目標を立てる必要があると判断し、取り組み始めた。翌年には経営層の合宿ワークショップや工場管理職を対象としたプロジェクト型の研修を開催するなどして、会社の未来像について徹底的に議論を深めた。
その間に、社内に少人数による戦略チームを立ち上げ、管理職層との議論を繰り返しながら「経営ビジョン 2014」を作成し、社長が全工場を回って社員全員に説明していった。それは「挑戦」「変化」「信頼」「貢献」の4つの基本的価値観を基に、会社の理念、目標、戦略を明確化し、戦略マップに沿って、目標とアクションプランを示したものである。
同社は会社理念として、印刷という仕事を通じて社会や文化に貢献するとともに、社員の幸福を求めることをうたっている。日本最大の新聞印刷のシェアをもつ同社だが、新聞部数の漸減という厳しい現実を踏まえ、新聞印刷だけでなく、さまざまな媒体の印刷に挑戦し、利益を生み出していかなければならない。そのための組織のスリム化、競争力強化に向けて、全社一体となって新たな取り組みを始めた。
それらと並行して、2006年から組織変革を推進した研修制度検討チームも、2014年に大きく変わり始める。それは、研修制度の構築がミッションだったはずのチームが単なる運営組織に成り下がり、新たな創造のエネルギーを失っていたことに自らが気づいたことがきっかけだった。
メンバーが毎年のように変わるうちに、チームの存在意義が共有されなくなり、現状維持とルーチンワークの罠に陥っていたのである。
危機を感じた同チームは、WorkHappinessをファシリテーターとして招き、自らチーム改革に乗り出し、会社が示した戦略に沿って、研修制度検討チームの存在意義(ミッション)を見直し、メンバーも刷新、新たなチーム目標と行動指針を短時間でまとめ上げた。そして、更なる革新のため「人材育成チーム」と名称も新たに再出発した。
伊中社長 の想い
朝日プリンテックは朝日新聞の直営印刷工場を外部化する形で、1997年に社員わずか80人の1社1工場として発足した。その後、統合を繰り返し、現在の社員700人超、全国9工場体制に至っている。その間、会社規模の変貌に合わせ、会社のガバナンスのありようも変化し続けた。
その中でも節目となったのが、研修制度検討チームの発足だった。それは、単なる社員研修の域を超え、会社の理念、目標の構築につながったが、今振り返れば、それは会社の次なる飛躍に備えた必然の展開だったといえる。そのチームの議論をベースに会社統合前後に階層ごとの研修が繰り返され、それが社員の一体感の醸成や目標共有につながった。
その一方、組織の常ではあるが、初期の「チェンジ・エージェント」たちの思いを継承することの難しさも痛感せざるをえない。その反省の中から、新たな「人材育成チーム」の活動が再スタートを切ったのが現状である。
会社が生き残る唯一最善の方法は「変化」であると言われる。現状に安住した瞬間から時代に取り残される。そうであればこそ、生産現場を担う社員たちの変化への鋭いアンテナこそが会社の命綱となる。絶えざる組織変革と、それを支える人材の育成、そのための研修システム。その三位一体の取り組みを、朝日プリンテックの一番の強みにしていきたい。